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2013年読書総括・その1
 昨年は、146冊の本を読んだ。丁度2.5日に1冊の本を読んだ計算になる。読書家の中には毎日1冊以上読む強者もいるようだが、これは僕の中では自己記録更新で、結構嬉しい。
 読めば読むほど、読書スピードが速くなっていくのは、筋トレと一緒だ。そして、多少つまらないなと思っても無理矢理最後まで読み切ってしまえる体力もついた。もっとも、amazonや各種書評を参考に本を選ぶようになってからは、大きく外した本を買うことはないので、買った本はほぼ100%読んでいる。それに加え、20年以上前に買ったまま積読になっていた古典も20冊近く読めた。『ソクラテスの弁明』『若きウェルテルの悩み』『チベット旅行記』『沈黙の春』『死ぬ瞬間』など。「今頃読んだの?」と言われると恥ずかしいが・・・。
 146冊の中から何冊か、ブログに更新はしなかったが印象に残っているものを選び、2回にわたって紹介。今日は小説、ノンフィクション分野から。
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『貧困大国アメリカ』三部作・読書日記
リバティ島からマンハッタン
 最近堤未果の本が売れているようだ。僕も立て続けに、何冊か読んでみた。
 『貧困大国アメリカ』三部作を読むと、「世界一リッチな国、アメリカ」というイメージが崩れ去る。1%の超富裕層が莫大な富を蓄積している影で、99%の国民が収奪され、貧困生活にドロップアウトしつつある。
 そして、『政府は必ず嘘をつく』を読むと、日本にも今まさに、同様の変化が押し寄せつつあるという恐怖を覚える。
 真の敵を見誤ってはいけない。尖閣や竹島問題で、お隣の中国や韓国と揉めている場合ではないのだ。ならば、アメリカかって?いや違う、我らが戦うべきは新帝国主義ともいえる巨大グローバル企業なのだ。アメリカは既に奴らに食い物にされてしまった国で、オバマもその手先として動いてるに過ぎない。
原子力発電のコストは安い!? ・ 読書日記
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 福島原発の事故の影響で、原発反対などと叫ぶ輩(やから)が、最近やたらと目につくようになりました。が、とんでもありません。国内の原発は全機、即刻再稼働すべきなのです。
 大体、原発は火力発電、太陽光発電などと比べてはるかにコストが安いのです。もしも、原発を再稼働させなければ、電力料金の値上げは必至です。これが、家計や企業活動に及ぼす悪影響は計り知れません。長引く景気停滞から脱出し、『日本を取り戻す』ためには、一刻も早く原発再稼働を!!
『大山倍達正伝』・読書日記
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 稀代の空手家、ゴッドハンド・マス大山の実像に迫った伝記。ノンフィクションライターとしてはほとんど無名に近い二人の著者だが、良くぞこれだけ調べ上げたと感服すると同時に、こんなに暴いてしまって大丈夫なのかと心配にもなる。本人及び関係者への綿密な取材がとにかく半端な量でなく、その結果本も600ページ超の大作。読み応えがあり過ぎて、極真ファンでないと読破はきついかもしれない。いや、そもそも買わないか。
『サブリミナル・マインド』・読書日記
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 副題が「潜在的人間観のゆくえ」。
 著者が東大助教授時代、人間行動学の講座で講義していた内容をまとめ直したもの。当時文化人類学の学生だった僕は、実は著者の講義を受けたことがある。内容にかなり期待して教室に入ったのだが、話がチンプンカンプン過ぎて、確か2回で脱落。周囲の学生も同じだったようで、最初10人近かった受講生が、2回目には3~4人に減っていた記憶がある。その時は生意気にも、「せっかく面白そうな内容なのに、先生の講義の仕方が下手だからわからない」と思っていた。
 が、あれから20年以上経った今この本を読んで、考えを改めざるを得なかった。実際は、下條氏が提示する数々の実験結果があまりにこれまでの固定観念とかけ離れているために、当時の自分が能力不足で理解できなかっただけなのだ。(今もどこまで理解できたか自信がないが。)
『左官礼讃』・読書日記
左官礼賛
 1年9か月ぶりの読書日記。
 この間、土壁の家造りに没頭していて読書時間が減っていた。読破冊数も一昨年の123冊に比して、昨年65冊、今年は70冊とほぼ半減。その少ない中から、大晦日に当たり、自分にとっての今年一年を象徴する本を選んでみた。
 (表紙の写真は、讃岐観音寺の煙草の乾燥小屋の土壁。本の随所に挿入されている写真もまた、味わいがある。)
『生き方は星空が教えてくれる』・読書日記
天の川
 写真は天の川。左上が織姫、右下が彦星。以下、本書より引用。

 ところで、唐突な質問ですが、みなさんはなぜ一年のうちで七夕の日だけ、織姫と彦星が会うことができるといわれているのか知っていますか?
 実は、旧暦の七月七日というのは、一年のうちでただ一度、半月が天の川の中に位置する日なのです。半月も天の川も、その明るさは共に、十七等星と同じです。天の川を形づくる無数の星々もこの日だけは半月の明るさにその輝きが相殺されるため、天の川は夜空から姿を消してしまうのです。天の川の流れが消えてなくなるため、織姫と彦星はめでたく会えるというわけですね。


 こんなことは、高校時代天文部員だったよ、なんていう奇特な貴方は別にして、今時の普通の人はまず知らないだろう。僕ももちろん知らなかった。それに引き換え昔の人は、自然をよく観察し、そのリズムに従って生きていたんだなあ、と感心する。
 ちなみに疑り深い僕は、それでも本当かなあと思って今年のカレンダーを見たら、旧暦の七月七日(新暦で八月六日)は、上弦の半月だった。ところで、満月が天の川の中に位置する日は、織姫と彦星は会えないのだろうか。月の明るさで織姫と彦星自体が姿を消してしまうのかな?誰か、知っている人がいたら教えて!

『錦繍』・読書日記
錦繍
 最近、不惑を越えて年甲斐も無くなのだが、恋愛小説を読み漁っている。

『奇跡の脳』・読書日記
小瀬田の赤ちゃん入道雲
 今年の屋久島の梅雨はひどい。3週間ほど全く晴れ間が無く、ずっと雨が降り続いていた。おかげで、今月は沢が0本、読んだ本が既に17冊。が、昨日夕方から少し天気が持ち直し、昨夜は薄雲の向こうに部分月食を垣間見ることができた。そして、今日は久しぶりのお日様。
 でも、お日様以上に嬉しかったのが、小瀬田の家のベランダから見えたこのちっちゃな入道雲。遠く種子島の上空に出現。下のラインが水平のこの雲が出たら、僕の大好きな夏は、もうすぐそこまで来ている!やった!

『私という病』・読書日記
私という病
 今まで、中村うさぎを誤解していた。
 買い物しまくって破産したり、整形して風俗嬢になったり、そんな風に自分を切り売りすることでようやくマスコミから仕事をもらっているだけの、ただの目立ちたがり馬鹿女だと思っていた。
 でも、この本を読んで、認識を180度改めた。「思考病」にとりつかれ、果てなき煩悩に身を焦がし続ける現代人の象徴、彼女はすごい。(決して偉くはないが。)

僕の好きな本と音楽について
最近の本棚(一部)
 知り合いの家に初めて遊びに行くと、どうしても本棚が気になる。今までどんな本を読んできたかで、その人の内面世界をかなりの部分推測できる気がするから。
 以前、民宿「くちのえらぶ」に泊まった時、その数千冊になるであろう蔵書数にもびっくりしたが、そのうちの5%位が自分も読んで好きだった本だったので、結構感激した記憶がある。逆に、この人とは仲良くなれそうかなと思ってたのに、本棚に流行作家の本がちょこっと並んでるだけであとは雑誌だったりすると、本当にがっかりしてしまう。

『ミュータント・メッセージ』と『パパラギ』・読書日記
サモアの家(ファレ)
 2年前から妻に薦められていた『ミュータント・メッセージ』という本を、先日やっと読んでみた。アメリカ人の中年女性医療関係者がオーストラリアの原住民であり採集狩猟民であるアボリジニの一団に招かれ、彼らとともに旅をした記録。旅といっても、アボリジニの生活リズムのままに、素足、裸同然で灼熱の原野を水や食料を求めてさすらい歩くもの。過酷な生活に何度もめげながらも、やがて彼らの精神的満足度の高い暮らし、現代人の失ってしまった感覚に気づいていくという、なかなか感動的な作品だ。
 で、読んでいる途中にふと思い立って、amazonの書評を見ると、なんと、この作品が実話をうたっているが、ほとんどフィクションであり、現地のアボリジニからも抗議されていることが判明。なんだか、感動して損した気分になった。(この問題について詳しく知りたい人はこちらのサイトを参照してください。)
『運命がどんどん好転する』・読書日記
 以前ヴィパッサナー瞑想の記事で書いたが、「慈悲の瞑想」をする意義というものがどうも今ひとつ納得できないでいた。この本は、買うのが恥ずかしくなるほど安っぽい題名ではあるが、慈悲喜捨の瞑想に関する簡明な解説書という書評があったので、読んでみた。実際1時間もかからずに読みきれたが、慈悲喜捨の概念を大づかみにできて、今の僕には非常に役立った。
 著者は、1991年スリランカから日本に来て以来、上座部(小乗)仏教の布教に努めているスマナサーラ長老。なんと日本語での著書数、100冊超!

『考えない練習』・読書日記
考えない練習
 年をとるにつれて、月日があっという間に過ぎていく。年末や誕生日に1年を振り返り、自分はこの1年一体何をしたかを考えると、ほとんど記憶が無く、自分自身も何も変わっていないことに気付いて愕然とする。誰もがそんな経験をしているだろう。

『ブッダの瞑想法-ヴィパッサナー瞑想の理論と実践-』・読書日記
ブッダの瞑想法
 屋久島の友人Fさんのホームページでヴィパッサナー瞑想というものを知り、その分野における日本の第一人者である地橋秀雄先生(グリーンヒル瞑想研究所所長)の解説書を読んでみた。
『科学』・『銀花』の廃刊
科学と銀花
 先月刊行分をもって、僕が好きだった二つの雑誌が廃刊となった。
 学研の『科学』と、文化出版局の『銀花』である。
『マタギ-矛盾なき労働と食文化-』・読書日記
マタギ
 僕は生まれも育ちも東京神田であるが、ルーツを祖父母の代より前にさかのぼると、秋田が半分、福島が四分の一、千葉が四分の一となる。つまり、東北の血が四分の三も流れているのである。そのせいなのか、寒い所が苦手で南国屋久島に移住したものの、マタギ系の本を見つけると体内の血がおどり騒いでしまう。
 この本は、帯にある通り、「秋田・阿仁地区に住む現役マタギ達の猟や生活を撮影したカメラマン16年間の記録」である。
2009年の読書総括
 今年一年間で硬軟取り混ぜ実に115冊の本を読んだ。昨年を上回り自己最高記録更新!

 思えば、十代の頃も良く本を読んだり、テレビを見たりしていた。そしてそれは多くの場合、未知の世界を知るためのものであった。やがて大人になって、いろんな経験をし、いろんな物を見、いろんな気持ちを感じるたびに、「あ、これって、あの本に似てるな」とか、「いつかテレビで見たな」という一種のデジャヴュを伴うことが時々あった。
 ところが、さらに歳を重ねるにつれ、今度は本を読んでいる時に(テレビはもう16年見ていない)、「あ、ここに書かれている街の風景、昔見たことあるよ」とか、「あ、この主人公の気持ち、あの頃の自分の気持ちそっくりだ、わかるわかる」とか、「これ、同じこと俺も考えてたよ」という風に、逆の意味でのデジャヴュを感じることが多い。つまり、読書が自分の過去を再確認する作業になってきている。そうなると、本を読む目もシビアになってきて、これは全然書き込めてない駄作だな、なんてことも一読してわかってくる。
 良くも悪くも、それだけ自分も歳をとったということである。
『進化しすぎた脳』・読書日記
脳の解釈モデル
 昨晩我が家で友人達を招いてクリスマスパーティをしたのだが、その席で、「内観」という一種の瞑想法を研修指導しているFさんと、最近池谷裕二が面白い、中でも『進化しすぎた脳』が最高!という話で盛り上がった。その後も、福岡伸一、カール・セーガン、クリシュナムルティの話題へと続き、知的に大いに刺激された。大学を出てこの方、他人と共通の読書体験で盛り上がることがほとんどなかったので、久しぶりにものすごく楽しいひとときだった。
『経済成長って何で必要なんだろう?』・読書日記
 以前、世に倦む日日で紹介されていたので読んでみた。
 本の帯に「格差・貧困に効く経済学」とあるが、経済学者の飯田泰之が、反貧困活動で有名な湯浅誠らと行った対談集である。
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