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屋久島まで -等身大の自分- その2
 今日は前回に続き、「水車むら通信」に連載していた「屋久島まで」の転載であるが、少しだけ前置きを。「水車むら通信」の発行元は、僕が20代前半の頃よく出入りしていた「水車むら」だ。
 1980年代初頭、ロマンに燃える不良中年と若者達が静岡県藤枝に集まった。有機栽培でお茶を作っていた地元篤農家の臼井太衛さんと、脱原発・エコロジー(当時この言葉はまるで一般的ではなかったように思う)を研究していた都会の学者、そしてそのゼミの大学生たちである。まず江戸時代の茅葺き屋根の古民家を、地元の農家の方たちの手を借りながらも、自分たちで臼井さん宅の川向いに移築した。そして、この古民家で寝泊りしながら、「水土蘇生」を合言葉に、持続可能型社会のモデルケースたらんとする活動が始められた。具体的には、一極集中型大規模エネルギーである原子力発電へのアンチテーゼとして、環境負荷の小さい分散型小規模エネルギーである小水力発電を実践しようと、家の前を流れる小川の水を使って昔ながらの水車を作り発電した。これが「水車むら」の始まりである。

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