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中間川下部・屋久島沢登り記録
中間0
 昨日9月25日は、中間川下部(海から林道終点まで)に単独で行ってきた。
 地形図を見る限り容易そうな沢だが、この場所は過去の遡行記録が一切なく、行ったという人の話も聞かない。一体どんな沢なのか、期待と不安でワクワクする。
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一湊川支流(一湊岳沢)2回目・屋久島沢登り記録
 今日9月18日、先週末に続いて再度、一湊岳沢に行ってきた。
 目的は、落としたデジカメの回収。
『錦繍』・読書日記
錦繍
 最近、不惑を越えて年甲斐も無くなのだが、恋愛小説を読み漁っている。

一湊川支流(一湊岳沢)・屋久島沢登り記録
一湊岳0
 今回カメラを落としたので、写真は同行者の撮ったもの。Mさん、Kさんに感謝。

 9月12日、仙骨骨折後のリハビリ山行、第3弾。
 しつこく、3回連続で一湊川。今回は一湊岳(標高974mの営林岳)に突き上げる支流である。
一湊川上部・屋久島沢登り記録
一湊上0
 朽ちゆくものの美。

 沢の上流部に転がっていた車。バンだったのかトラックだったのか不明なまでに、原型をとどめていない。
 しかし、このフロントグリルは、いすゞのエルフ、僕が子供の頃走っているのをよく見かけた奴だ。ということは、この車がここに転がり落ちたのは恐らく30数年前のことだろう。わずか30数年でここまで朽ち果てた姿に変わり、まさに土に還ろうとしている。(これを運転していた人は一体どうなったのだろう。)
 今、人類はわが世の春を謳歌していて、「地球に優しく」なんて尊大なことをのたまっている。でも、人類が活動した痕跡なんて、いずれはこの車の如く、宇宙的時間から見ればほんのわずかの歳月で、この星から消え去るのだろう。その消えていく過程の一瞬をこの写真の如く切り取ってみれば、そこに「廃墟美」といった無常の美を感じなくもない。でも、そんなものを感じている、この僕の意識という存在も、宇宙の無限の広がりに比べれば、現れた瞬間に消えていく泡粒に過ぎぬ。
 そう、きっと全ては泡沫(うたかた)の夢なのだ。

一湊川下部・屋久島沢登り記録
一湊・海から山へ
 2000年春、チョモランマ(エベレスト)を見に、妻と二人でカラパタールとゴーキョピークをトレッキングした。(プロフィール欄の写真がそうです。)その時、ナムチェバザールで泊った宿"Sherwi Khangba"で見た衝撃的な記録映画の話。
 本当の意味で自分の足でチョモランマに登ったと言うためには、登山口まで車や飛行機で行くのではなく、海抜0メートルの海から歩き始めなければいけないと気付いた一人の白人青年。ベンガル湾を泳ぐことから始め、牛の寝そべるカルカッタ市街を抜け、田舎道をてくてく歩き、インド-ネパール国境も越えて、ひたすらチョモランマベースキャンプを目指す。(ちなみに、その様子は、パートナーの女性が自転車に乗って伴走しながら、ビデオ撮影。)ベースキャンプに着くと、パートナーをテントキーパーとして残し、彼一人ピークアタックへ向かう。ベンガル湾スタートから実に4ヵ月の日数をかけ、単独無酸素での登頂に成功する。
 その後、彼はオーストラリアに戻り、SEA TO SUMMITというアウトドアブランドを立ち上げたというのは、映画にはなかった後日談。
 日本に帰ってからもずっと、愚直なまでのあの登山スタイルが僕の心のどこかに引っかかっていた。

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