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『私という病』・読書日記
私という病
 今まで、中村うさぎを誤解していた。
 買い物しまくって破産したり、整形して風俗嬢になったり、そんな風に自分を切り売りすることでようやくマスコミから仕事をもらっているだけの、ただの目立ちたがり馬鹿女だと思っていた。
 でも、この本を読んで、認識を180度改めた。「思考病」にとりつかれ、果てなき煩悩に身を焦がし続ける現代人の象徴、彼女はすごい。(決して偉くはないが。)

 この3ヶ月で、仏教関係の本を20冊ほど読み、それに従い日々是瞑想を重ね、集中内観にも行ったのだが、どうも期待していたほどの効果は出ていない。逆に、仏教の本を読めば読むほど、反発を覚える部分が明確化してきた。即ち、五戒を守ることがまずはスタートライン、という「前提が存在してしまう」点が、「思考病」にとりつかれて理屈重視の僕としては、心理的にどうしても受け入れられないのだ。善と悪の区別なんてそんなにはっきりつくものじゃないし、いろんな欲求に分裂・葛藤する自分がいろんなことをしでかして、後で振り返ってそこから学ぶ。それが、現実の人間の生き方なんじゃないだろうか。(と言っても、僕個人はさすがに殺人だけはしたくないが。)

 そんなこともあり、この1ヶ月ほどは、読む本の中心が仏教から精神病理関係に移っていた。キーワードは「共依存」、関連用語に「アダルトチルドレン」「インナーチャイルド」「機能不全家族」など。何冊か読んだ中でも伊東明の『恋愛依存症』は切り口が鋭いだけでなく、読み物としても面白く、秀逸な出来だった。
 これまで依存症というのは、「アルコール依存」「薬物依存」「ギャンブル依存」といった、物や行動に対するものが中心だった。しかし、実は不適切な人間関係に依存してしまい、それが故の問題を抱えながら生きている人が最近多いようだ。昔は「ちょっと寂しがり屋」程度ですんでいたのが、一見「なんでもあり」になってきたこの現代社会では、容易に度が過ぎていってしまうということなのか。(いや、昔からそんな人はいたのだが、「共依存」という言葉ができたことで注目され始めただけかもしれない。)そしてこの人間関係の依存も、アルコール依存同様に、完全に足を洗うためには本人の相当な決意と専門家の助けがいるようである。

 この中村うさぎも、ショッピングに、ホスト遊びに、美容整形にと次々依存していく。刺激的なのは最初だけ。すぐに「スレる」=刺激に対して鈍感になり、ますます強い刺激を求めてはまっていく。そして、女としての誇りをあるホストによって叩き落とされた彼女(この時のエピソードだけでも読む価値がある。まさに絶望。)は、以前から抱えていた「男への憎しみ」を倍加させ、ホストに奪われた「性的強者のプライド」を見知らぬ男たちから奪い返すべく、デリヘル嬢になる。
 そこまでの、そしてそこからの、自身の渇望ぶり、絶望ぶりを、己の心をナイフでえぐり出すように冷厳にとことん見つめ続け、分析結果を読者に洗いざらい披瀝している。最終章は、あの「東電OL」と自分を重ねての論考。詳しい内容は、読んでのお楽しみだから、あえて書かない。もちろん、健全な精神状態の人や(特に男女関係において)自分が幸せだと思ってる人にとっては、胸糞が悪くなるだけの本だから、読まない方が良い。
 
 結局、僕らが何かに依存するのは、傷ついた自尊心の回復のためであり、根っこで僕らが抱えている「病」は、過剰なまでの自意識つまりは肥大し続ける自我(=思考)なのである。
 僕と同じ「病」に、「女性」であるが故に僕以上に苦しみ、あがき続けている人間がここにいると知って、なんだかホッとした。
 中村うさぎ、あなたは本当にすごい。ありがとう。


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| | 2010/06/23/Wed 22:27 [EDIT]

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