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東日本大震災 -アイソレーション・タンク体験その4-
 今回の地震で亡くなられた方々に対して、心から哀悼の意を表します。

 地震にしては、ものすごく長かった。今までの人生で最大・最長だったかもしれない。どうやら東北を震源地とする、かつて無い規模の大地震だったらしい。東京の建物には目立った被害は無いものの、電車が止まってしまい当分実家に戻れそうにない。ここでじたばた動いてもしょうがないので、腹をくくって、その日ECCOに来ていた先生にオステオパシーなる治療をしてもらう。治療中も余震が続いていたが、手技が気持ち良くて、途中で寝てしまった。
 夕方、街に出てみると、何とか家に帰ろうと右往左往するサラリーマンやOLで通りは溢れかえっており、道路も大渋滞。コンビニの食料棚はすっからかんになっていた。電気・ガス・水道全て大丈夫なのに、たかが電車とバスが止まっただけで、まるで石油ショックのようなパニックである。やはり大都会は天災にもろい。きらびやかに繁栄しているように見えても、所詮砂上の楼閣に過ぎない。屋久島に居を移して正解だったと痛感。
 余震の中を2時間歩いて実家に帰るのは危険と判断し、今晩はECCOにお世話になることに決める。NHKのニュースを見ながら、宮部さんお手製のオイスターパスタを頂く。あまりの美味しさに感動してバクバク腹一杯食べた。
 ニュースを見てもいまだ被害の状況はまるで明らかではないが、津波の映像から、これは阪神淡路震災並みの被害者が出ることは間違いないと直感。僕が登録している災害救助隊からも、明日被災地に救援に行ってもらうかもしれないので待機していて欲しいという、携帯メールが届いた。屋久島から東北まで出て行くのはなかなか大変だが、たまたま東京にいたのだから、これは駆け付けないわけにはいかない。それに何より、僕のルーツの4分の1は、被災地である福島県相馬市にあるのだ。助かる命があるのなら、一人でも助けたい。

 さて、となると、タンク体験も今日しかできない。こんな日に不謹慎かなと思いながらも、夜9時から、3度目のタンクをお願いした。
 しかし、これは全く駄目だった。今回最後のタンクになるのだから、何とか深い体験をしたいという焦りや、明日被災地に行くことになるのだろうか、どんな状況なのだろうといった不安が脳内を駆け巡り、全く身が入らなかった。
 タンクから出てくると、ニュースで相当数の死者が判明しつつあることを報じていた。宮部さんに、「かえって、今深い所まで入っていけなくて良かったですね。集合的潜在意識の世界は、突然死ぬことになった方たちの意識で大変なことになっていると思いますよ。」と言われ、「うーむ、なるほど」と納得。
 さらに、「明日から被災地に行き、目の前で悲惨な状況に苦しんでいる人たちを救うことの方が、今の貴方にとってはタンク以上に、我を捨てる、自分を手放す、いい機会にもなると思います。是非行ってきてください。」と。いやはや、宮部さん、本当に素晴らしいことをおっしゃって下さる。
 もしかして、今回東京に来たのは、「アイソレーション・タンクへのシンクロニシティ」ではなくて、「東北大地震へのシンクロニシティ」で呼ばれていたのかもしれない。自分でもそんな風に思えてきた。

 夜遅くに地下鉄が一部復旧したので、乗車率300%じゃないかという超ラッシュの電車に乗り、深夜2時過ぎ御茶ノ水の実家に帰宅。

 朝6時、今から東北に向かってくれという電話で叩き起こされ、救急車に乗って、仙台入り。死屍累々のものすごい修羅場を覚悟していたが、僕に与えられた任務は後方病院のバックアップということで、普段やっている仕事内容とほとんど変わらなかった。よって言葉を失うような激しい情動体験もなく、テレビニュースを横目で見ながら淡々と28時間勤務し、翌々日、疲れた体を引きずって屋久島に戻ったのであった。

 それでも、この4日間は僕にとってもいろいろなことが起こった濃密な日々だった。
 まだまだタンク体験は深めていきたい。そして、東北への救援活動も今後長期間継続して行っていくことになるだろう。
                                          (おわり)

Comment

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お疲れさまでした
アイソレーション・タンク体験その3は(被災地の方のことを考えると不謹慎ですが)大爆笑しました。あまりにも伊藤さんらしくて・・・タンクの中で興奮している伊藤さんの姿が目に浮かび、涙が出るほど笑ってしまいました。その4を読んで、さっそく被災地に支援に行ったことを知りました。お疲れさまでした。偉いです。さて、僕も今脳関係の本にはまっています。最近読んだ「脳は奇跡を起こす」「奇跡の脳」(だったかな?)は面白かったです。
岡本拓也 | URL | 2011/03/22/Tue 12:53 [EDIT]
お久しぶりです。
岡本さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
先日は、札幌で会えなくて、残念でした。
「奇跡の脳」は、僕も、以前読んで面白かったので、このブログに書評を残してます。ちなみに、ECCOの宮部さんも書評書いててました。
右脳の働きと言えば、実は僕は9年前車にはね飛ばされた時に、脳梁部分にびまん性軸索損傷を負ったんですよ。そのせいで、右脳のコントロールが効かずに左脳が常に暴走してるのではないか、脳の障害だから仕方ないか、と最近悲観的になってます。
いや、待てよ、事故の前からそういう性格だったか・・・
屋久島遡行人 | URL | 2011/03/22/Tue 13:35 [EDIT]
お久しぶりです
お久しぶりです。岡本里佳です。主人に教えてもらってブログ、読ませていただきました。あの地震があってから、被災地の方の苦しみ、痛みを思うと、腹の底から笑えない、笑ってはいけないような重い気持ちで毎日過ごしていましたが、おかげで久方ぶりに笑えました。思いっきり笑えました。腹の底から笑えてとっても元気になりました。ありがとうございました。
岡本里佳 | URL | 2011/03/23/Wed 21:13 [EDIT]
あれー、
里佳さんまで、コメントありがとうございます。
でも、複雑な気持ちですよ。
だって、僕自身は、人を笑わようとしてるわけじゃなくて、答えを求めて真剣に生きてるつもりなんですから、これでも。。。v-11
屋久島遡行人 | URL | 2011/03/23/Wed 21:42 [EDIT]
先日は突然お邪魔してすみませんでした。
でも久しぶりに会えて懐かしく思えました。お元気そうで何よりです。

脳に関してですが,時折,右脳内の一部がカーッと熱っぽさを帯びていることがわかることがあるんですが,何かのサインなのでしょうか。場所が場所だけに少し心配になったりもします。熱っぽさが引いたら忘れるんですけど・・・。
インヤン | URL | 2011/03/27/Sun 11:41 [EDIT]
インヤンさんへ
わざわざ職場まで来訪、そしておみやげ、ありがとうございました。本当に短い時間でしたが、楽しかったです。そして、屋久島一周ラン、本当にお疲れ様でした。あなたは、超人です。
ところで、脳自体に痛覚神経はないのです。くも膜下出血や脳出血に伴う頭痛というのも、確か脳を包んでいるくも膜の神経を刺激しているだけだったと思います。全ての感覚神経が同様だとしたら、「右脳内の一部」の血流増加を本当に自覚できるかどうかは疑問ですが、感覚的にはわからなくもないです。厳密に検証しようとしたら、functional MRIを撮ってみたいところですね。
屋久島遡行人 | URL | 2011/03/27/Sun 12:06 [EDIT]
専門的見地からのご意見,ありがとうございます。
きっと私が「感覚的に」そう感じているだけなのでしょう。

ところで尋ねた時に,受付の人や背後の看護士の方々が,物珍しそうに(または怪訝そうに)見物に来ていたところは,何とも屋久島らしいな,と思っていました。これも私の錯覚でしょうか。
インヤン | URL | 2011/03/27/Sun 12:17 [EDIT]
それは錯覚ではないと思いますよ。
僕らが、久しぶりの再会に興奮して大声で話していたからでしょう。

ところで、脳のこと、ご心配なら、屋久島に来られた折にでも、MRI(fMRIはできませんが)も撮ってみますか?
屋久島遡行人 | URL | 2011/03/27/Sun 13:03 [EDIT]

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