スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
『生き方は星空が教えてくれる』・読書日記
天の川
 写真は天の川。左上が織姫、右下が彦星。以下、本書より引用。

 ところで、唐突な質問ですが、みなさんはなぜ一年のうちで七夕の日だけ、織姫と彦星が会うことができるといわれているのか知っていますか?
 実は、旧暦の七月七日というのは、一年のうちでただ一度、半月が天の川の中に位置する日なのです。半月も天の川も、その明るさは共に、十七等星と同じです。天の川を形づくる無数の星々もこの日だけは半月の明るさにその輝きが相殺されるため、天の川は夜空から姿を消してしまうのです。天の川の流れが消えてなくなるため、織姫と彦星はめでたく会えるというわけですね。


 こんなことは、高校時代天文部員だったよ、なんていう奇特な貴方は別にして、今時の普通の人はまず知らないだろう。僕ももちろん知らなかった。それに引き換え昔の人は、自然をよく観察し、そのリズムに従って生きていたんだなあ、と感心する。
 ちなみに疑り深い僕は、それでも本当かなあと思って今年のカレンダーを見たら、旧暦の七月七日(新暦で八月六日)は、上弦の半月だった。ところで、満月が天の川の中に位置する日は、織姫と彦星は会えないのだろうか。月の明るさで織姫と彦星自体が姿を消してしまうのかな?誰か、知っている人がいたら教えて!

 さて、この本の著者は、4つも彗星を発見した世界的な彗星捜索家木内鶴彦さんなのだが、内容は宇宙のことばかりではない。読んでいる途中で、どっかで聞いたことある話だなあと気になり始めたのだが、思い出した。立花隆の『証言・臨死体験』の中で、2章にわたって取り上げられている人なのである。
 そう、木内さんは22歳の時に、臨死体験、もっと正確に言うなら、死亡体験を経験した方なのである。
 いわゆるお花畑、光のトンネル、三途の川という、臨死体験者が共通して見る世界。これらは、残念ながら立花隆に言わせると、脳の機能が低下して仮死状態になった時に見える幻覚らしい。それに対して木内さんは、心肺のみならず脳波も停止するという、つまりは一回完全に死んだという医学的な記録がしっかり残っている。こういう人は極めて珍しい、ほとんどただ一人ではないか?そして、この死んでいる間に、上記の臨死体験者の見る世界を突き抜けてさらに別の世界を見てきたのだ。なぜなら、死んでいる間、彼の意識は、時空間を自由に飛び越えられたから。
 まず過去に戻って6歳の時の不思議な出来事、次に未来に飛んで中年になってから起こることを見る(18年後に実際に見た通りの事が起こった)。さらには、さすが子供の頃から星に興味を持っていただけのことはある、わざわざ宇宙の始まりを見てきたというのだ。(詳しくは本書に譲る。)
 そして、生き返った後には、その体験を元に計算し、月が誕生した時期は今からわずか一万五千年前という大胆な仮説を立て、検証する。
 
 僕がこの本を気に入った点は2点。
 まず第一に、全体として非常に真面目なことを言っている(もちろん、にわかには信じがたい話は多い)のだが、ほとんど道徳臭がないこと。『前世療法』シリーズのワイス博士などは、読み進めて行けば行くほど、マスターたちの教えと称して、あまりに倫理的な内容に偏っていくのが鼻についた。ところが、こちらは、同じように死後の世界からのメッセージを伝えているのだが、もっと高所から大局的な見地で物を言っている印象で、僕には受け入れやすい。ワイス博士を『論語(孔子)』に例えるなら、木内さんは『老子』と言ったところか。
 第二に、彼が「愛が何より大切なことに気づきなさい、そうすれば全ては解決します」的なおめでたすぎる結論に終わることなく、科学的知識をベースにした行動をきちんと実践していること。具体的には、太古の水(ちょっと眉唾?)やゴミ処理システムの開発、そして、およそ百年後に迫る隕石(実態は小惑星)の地球衝突の危機回避に向けた行動である。やはり、21世紀に生きる我々は、単にギター片手に「愛」や「連帯」を訴えるだけでなく、今日まで先人が積み重ねてきたサイエンスやテクノロジーを基に地道なアクションを起こさないといけないと思うから。


 以上僕の感想を読むと、小難しい「トンデモ本」に思われるかもしれないが、実際は非常に読みやすく、論理の飛躍も特別ないので、少しでも興味を持たれた方は、是非読んでみて下さい。


Comment

管理人にのみ表示する


Track Back
TB*URL

Copyright © 源頭の風景を求めて・・・. all rights reserved.
Design by Pixel映画山脈

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。