スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2008年の読書総括
 昨年一年間で約100冊の本を読んだ。中・高・大の学生時代でも年50冊ほどしか読んでいなかったから、今までの人生でもっとも沢山読んだ一年ということになる。
 その中から、いまだに印象に残っている本の記録を何冊か書こうと思う。

①久坂部羊:「廃用身」、「破裂」
 昨年読んだ中で、一番面白かった作家。現役の医者でもある。高齢者医療に携わる者たちの葛藤(自分が痴呆の超高齢者に対してしている行為は果たしていかなる意味を持っているのか)が見事に描出され、かつ、作品中に示される大胆な解決策とその後の展開がハラハラドキドキの連続。「廃用身」がデビュー作というのもびっくりだ。とにかく、凄い。一日で一気に読ませてくれた。
 しかし、この作家の3作目以降の小説は、読者評価が高くなく、いまだ読んでいない。
 評論も何冊か出しているが、その中では、「日本人の死に時」が最も内容があり、日本の高齢者医療の問題点を、一般人向けにわかりやすく解説してくれている。が、上記2小説の迫力に比べると遥かに凡庸な作品である。

②関岡英之:「拒否できない日本」
 以前、「国富消尽」を紹介したが、その著者の一人の代表作。(もう一人の著者である、吉川元忠の代表作「マネー敗戦」は、経済学の知識がない者には難しすぎて、正直半分も内容を理解できなかった。)「年次改革要望書」によって、日本の富を吸い上げるシステムにすべく、アメリカの日本改造がいかに進んでいるかを初めて明らかにした本。著者個人がなぜこの問題に取り組み始めたかを含めて、極めて分かりやすく説明してくれている。
 この本が出版されてかなりの評判を呼んでいた当時(5年前)、町の本屋では平積みで普通に買えたのに、なぜか(アメリカ大手資本の)アマゾンでは「品切れ」状態が一年間も続き、買えなかったらしいというのも、この本が告発している内容の衝撃度を表しているのではないか。
 これは立花隆以来の大物ノンフィクションライターを発見したか、とわくわくして続編である「奪われる日本」を読んでみたら、最後の結論が「万世一系の日本の伝統に帰れ」みたいな、陳腐な内容になっていてがっくり。確かに日本のオリジナリティを強調する説は、僕にとっても耳障りはいいが、それに頼りすぎるのは根本的な解決策にならない気がする。
 
③内橋克人:「悪夢のサイクル」
 日本で現在大きな問題となっている、格差社会やワーキングプアが、新自由主義者によって推し進められた構造改革のせいで作り出されたということを解明してくれる本。内橋克人の本はどれもよいが、最新の状況を押さえているという点でこれが一番のお勧めか。
 ところで、これら関岡英之と内橋克人の存在を教えてくれたという意味でも、僕が日々愛読しているブログ「世に倦む日日」の存在は大きい。
 
④丸山茂徳:「科学者の9割は「地球温暖化」CO2犯人説はウソだと知っている」
 養老孟司や武田邦彦といった、現在のエコロジー運動を批判的に捉え、もっと本質を押さえろという主張の本も何冊か読んだ。こういった本は根拠レスな独断的物言いがまざり、やや眉唾物ではある。が、そもそもチームマイナス6%運動を唱導する環境省・日本政府も眉唾ではある。
 で、この本の前半部分を読むと、地球温暖化というのは全くの嘘らしいと言うのが、実に科学的に納得できる。ああそれなのに、後半で展開される著者の解決策はあまりにトンデモ本的な内容で、読むに値しない。残念。
 とにかく、食糧不足や石油エネルギー枯渇の方がより近未来の全地球的大問題であるらしいというのは分かってきた。日本人も、これからは各自が半農半○の生活で行くべきではなかろうか。尾之間の土地での畑作り、頑張るぞ!

⑤菊池聡:「超常現象をなぜ信じるのか」
 この元旦、オウム真理教事件でサリンをばら撒いて死刑判決を受けている友人から20年ぶりに年賀状が届いた。僕が知る大学時代の彼から想像されるよりも、更に一段と静謐な内容であった。(彼、T君がいかに我々以上に真面目な人間であるかは、伊東乾の「さよなら、サイレント・ネイビー」に詳しい。)
 彼のようなまともな人間がなぜオウムにはまってしまったのか。僕はその鍵の一つが、麻原が信者に与えた神秘体験にあると思っている。僕自身若い頃は神秘体験に憧れていたし、今でも超越的な何者かの存在を信じ、いつかそれに出遭いたいという思いを実は持っている。
 しかしこの本は、「自分の目で見たこと」「自分が体験したこと」というものが、いかに脳で勝手に処理されてできた「思い込み」に過ぎないかを、これでもかこれでもかと解明してくれている。「神秘体験」「宗教的体験」の陥穽にはまってはいけないと自戒させてくれる本。

⑥須原一秀:「自死という生き方」
 人生の果実は存分に味わったとして、65歳で極めて平常心のままに自死を選んだ哲学者が、最後に遺した書。この人の選択については、賛否両論(恐らく否の方が圧倒的に多いと思われる)だろう。確かに、縊死を遂げた神社で彼の遺体が発見された際のまがまがしさを想像すると、なにか決定的に自然に反する事をしてしまったのではないかという気もする。
 しかし、同書に書かれているキューブラー・ロスの話(「死ぬ瞬間」を著し現代の聖女ともされた彼女だが、晩年脳梗塞に倒れて闘病生活を長期間送るうちに、遅すぎる「お迎え」に対して神への呪いを吐いていた)などはなかなか示唆に富んでいる。勿論、ロスの話を持ち出すまでもなく、私の日常の仕事からもいえることだが、万人に健康な老後と安らかな「自然死」なるものが訪れる、などというのは甘い幻想に過ぎない。このことは厳然としてある。
 とすると、やはり、彼の方法は人生の一つの選択肢としてありなのではないか、と思ってしまうのである。
 ちなみに、彼のその他の哲学的著作も読んでみたが、この本ほどはよく理解できなかった。しかし、不思議な世界に生きていた人であることは間違いない。

Comment

管理人にのみ表示する

岐阜からの便り。。。
賀状ありがとうございました。岐阜の松原です。
ブログ拝見。昨夏もご活躍の様子、良いですね。安房川下部は、かねてから見えたい対象でした。読んでるだけで水泳でクタクタ、クライミングに力が入らない感じを想像してみました。
モッチョムを遠望する泉付き新居ですか、まるで夢の様ですね。露天風呂まで、、、素晴らしい。チェーンソーでの伐倒は、一本一本くれぐれも慎重に。私は昨夏、六尺六寸までの杉・檜・樅の伐採をしました。迫力有り!
松原憲彦 | URL | 2009/01/14/Wed 17:30 [EDIT]
そちらはどうですか?
おお!まっちゃん!お久しぶり!
元気そうで何より。
直径2mってことですね!凄い!それにしても、林業は大変だろうなあとつくづく思いますよ。だって、高巻き、ヤブコギの大変さにチェーンソー、倒木運搬が加わるわけでしょう?これを毎日仕事としてできるってのは、尊敬します。
新居完成したら、是非屋久島にいらして、沢も一緒に行きましょう!
屋久島遡行人 | URL | 2009/01/14/Wed 18:53 [EDIT]
屋久島再訪の折には、、、
屋久島空港近くに流下する、落ノ川に行ってみたい。この沢の源流風景を、随分以前からワタシは求めているのです。
原集落に湧く、ヤマンコ名水はどんなでしょう?
松原憲彦 | URL | 2009/01/18/Sun 05:59 [EDIT]
落川
コメントを書いてくれると、自動的に私にメールが届いて確認できますので、あえて最新の記事の所に書かなくても大丈夫ですよ。
で、落の川ですが、3年前に落の滝までの下部、昨年7月にその上部(ブログ上に記録あり)を行ってます。上部は、僕自身が楽勝では登れなくかつ、中間支点も取れないいやらしい滝が2~3ありました。同行者がノンザイルで突破してくれて、ザイル確保されて登りました。上部の三俣のでは、藪の中に明らかに昔の人の手が入った場所があり、不思議な雰囲気でした。 
下流部は記録を残していないのですが、小さな泳ぎと小滝の連続する沢で、どちらかというと下流部の方が面白かった印象があります。
ヤマンコ名水(こんなマイナースポット、よくご存知ですねえ)はおいしいのですが、うちの泉ほどではありません。で、その上部に遡行対象の沢があるのかどうかは調べてません。
屋久島遡行人 | URL | 2009/01/18/Sun 09:40 [EDIT]

Track Back
TB*URL

Copyright © 源頭の風景を求めて・・・. all rights reserved.
Design by Pixel映画山脈

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。