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『左官礼讃』・読書日記
左官礼賛
 1年9か月ぶりの読書日記。
 この間、土壁の家造りに没頭していて読書時間が減っていた。読破冊数も一昨年の123冊に比して、昨年65冊、今年は70冊とほぼ半減。その少ない中から、大晦日に当たり、自分にとっての今年一年を象徴する本を選んでみた。
 (表紙の写真は、讃岐観音寺の煙草の乾燥小屋の土壁。本の随所に挿入されている写真もまた、味わいがある。)
 
 著者小林澄夫さんは、左官ではなく、「左官教室」(今は廃刊)という月刊誌の編集者。雑誌内の「今月の言葉」という欄に毎月書かれたコラムをまとめたものがこの本。一つの記事が2ページにまとまっていて、すぐに読めるのだが、一つ一つが滋味深く、思わず読み返してしまう。左官屋さん以上に左官屋さんの仕事を愛し、その類まれなる表現力で、左官仕事の本質を見事に礼讃している。
 もちろんここでいう左官屋さんの仕事とは、大手ゼネコンの下請けとして、ビルやトンネルのコンクリを塗る野丁場(のちょうば)の仕事ではない。木造建築の住宅や寺社に土や漆喰を塗っていく、町屋(まちや)の仕事を指している。大昔は左官屋さんの仕事と言えば町屋しかなかったのだろう。が、住宅の壁はボードを打ち付けるだけとなった今の時代、左官屋さんの仕事場は野丁場がほとんどとなってしまった。そして、左官屋さんの数自体大きく減ってきているらしい。

 この本は、そんな滅びゆく土壁・塗り壁文化に捧げる鎮魂歌であるとともに、効率最優先で突っ走ってきた現代建築に対する叛旗であり、なにより優れた文明批評でもある。こんな素晴らしい本を左官業界関係者しか知らないのはもったいなさすぎる。一般人でも、特に土壁の家造りをしたことのある人なら、この本の言わんとすることが実感としてよくわかるはず。
 豊かな教養と繊細な感性に裏打ちされ、メタファーに富んだその文章。要約してしまってはその良さを伝えることができないので、いくつか抜粋させてもらう。

 「サビ壁」
 粘土の中の鉄分。まだ、空気にふれることなく酸化していない鉄分。この鉄分、いわばミネラルの一つである鉄分が、オキアミなどのプランクトンの栄養源となる。正確には、チッソを取り込むための、あるいは葉緑素の炭酸同化作用の扶けになるという。森は、川へのこの鉄分の栄養源となる。・・・・この粘土の中の鉄分、まだ酸化していない鉄分といえば、くしくもサビ壁としてわれわれ塗り壁にも縁の深いものである。サビ壁とは、壁土粘土の中に含まれている鉄分が、乾燥して空気にふれることで徐々に赤褐色に、あるいは黄褐色に黒く壁の表面に浮き出した壁をいうのである。・・・ともあれ、われわれがなにげなく塗った壁が美しいサビ壁に変化しているのを見たときの思わぬよろこびが、この自然のおおいなる生命の食物連鎖につながっているのだと考えることは愉快なことではなかろうか。現代建築の風景の中にこの愉快さを見出すことが出来ないとしたら、なおさらのこと。
 
 「塗り壁の音」
 ・・・その時、私は聴いた。松林を吹く風の音のようなサラサラと松籟にも似た快い音が何処からともなく流れてくるのを。・・・それは、左官が中塗り切り返しの仕上げを塗る鏝の音であった。鏝が壁土をなでる音であった。・・・たぶん、現代建築の貧しさはその出来あがった建物のよそよそしさにあるのではなく、その建築の過程において、この塗り壁のような妙なる音楽を持たないということにある。・・・

 「腕前ということ」
 ・・・たぶん、私達が「腕前」というとき、それは私の腕の巧みさや熟練についていっているのではなく、「腕前」の「前」という言葉の方により深い意味をおいているのだ。腕の前にあるもの、私達を人間的に成熟させてくれるもの、仕事の素材であり、素材のおかれた状況であり、道具を通して物が作られる出来事の生成の場であり、そうしたものへのまっとうな感受性があって初めて「腕前」を持つことになる。たぶん、私達は道具を失うことで、ともに成熟する世界を失ったといってよい。成熟することのない風景、均質で砂を噛むような味気ない風景、われわれを取り巻く現代の風景というものの退廃は、そうした機械によって作られる既製品(商品)の過剰によって生み出された風景なのだ。

 「台風の贈り物」
 ・・・遠くまで黒い雲々をひきつれた台風が呼び出したカオス。天と地をかきまぜ、混沌から新しい世界が生れる。一つ目の巨人。毎年まちがいもなくやってくる台風のゆえに、モンスーンアジアの列島の民は、所有することよりも贈与することを、蓄積することよりも蕩尽することを、意味を求めることよりも意味をほどくことを、計画することよりも出逢うことを大切にしたのだ。・・・私たちの魂は台風を、カオスを抱えていたのではなかったか。混沌から新しいものが生れるのではなかったか。われわれ左官は、水と土と風といったアバウトでノープロブレムでランダムな自然を相手に仕事をし、物づくりをしてきたのではなかったか。われわれの仕事は、ほんらい数量化出来ない、貨幣に換金出来ない、それゆえにマニュアル化出来ない仕事ではなかったか。・・・われわれの仕事が商品を突き抜けたところに自由も悦楽もあるのではなかったか。

 cosmos.jpg
 コスモスとカオス。どっちも大切。
 来年も、自らを突き動かし、そして変容させるような、何か大きなカオスとの出逢いがありますように。


Comment

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コスモスとカオス,味わい深いですね。
随分と更新がなかったので少し気になっていましたが,
お元気そうで何よりです。

昨年は大変お世話になりました。今年も懲りずにお付き合いください。
GWは台湾を考えていましたが,ピアノを購入した関係で,また屋久島になりそうです。ODK川は確実にやろうと考えています。よろしくお願いします。

今年も遡行人さんと家族にとって,良い年でありますように。
インヤン | URL | 2013/01/01/Tue 09:12 [EDIT]
明けましておめでとうございます。
今年もパワフルに、よろしくお願いします。

屋久島の友人が年末、ピーチ航空で台湾に行ったのですが、鹿児島→関空→台湾の飛行機代の方が、屋久島→鹿児島よりも安いのでびっくりしました。
でも、GWの屋久島は大歓迎ですよ。O川ということで予定空けておきます。

ところで、この夏は黒部、いかがですか?

ピアノ、いいですねえ。
僕もピアノかギター、どちらか始めて、一曲だけでいいから弾けるようになりたいです。
屋久島遡行人 | URL | 2013/01/01/Tue 13:07 [EDIT]

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