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陰影礼賛
 昨夜、急用ができて、ヘリコプターで鹿児島に行って来た。
 どれほどのVIPかと思われたくて、わざとこんな書き出しにしてみたが、実際は全然そんな事はない。年に数回は嫌でもヘリに乗らなくてはいけない仕事というだけのことである。

 屋久島空港をヘリが飛び立ったのが午後8時半。すでに真っ暗となった海に浮かぶ、黒い山影を抱く島。その周囲を巡る県道沿いに、細い帯状に家の明りや街灯が光っていた。どこかでこの景色を見たことあるなあと考えて、すぐに思い出した。
 僕が生まれて初めて海外旅行した、21歳の時。9時間の太平洋上のフライトの先に見えてきたフィジーの島影に似ているのだ。ただ、大きな違いが一点。あの当時のフィジーの明りは、全て白熱電球でどこか暖かみを感じるものだったのだが、今日の屋久島は、蛍光灯の寒々しい白一色なのである。

 学生~プー太郎時代よく出入りした、静岡藤枝の水車むら。移築してきた江戸時代の民家に泊り、薪で炊事や風呂焚きをしながら、無農薬の国産紅茶を作る。夜は、古民家の薄暗い裸電球の下で、炭火の囲炉裏を囲みながら、魚を炙り、酒を飲み、よしなしごとを語る。そんな日々を毎年2週間ほど過ごしていた。
 ある年、新しくそこに住みついた人が、「白熱電球は消費電力が大きすぎて、水車むらのエコロジー精神に反する」と言い出して、皆に断りなく明りを白色蛍光灯に変えた。途端に、囲炉裏端は寒々しいまでに明るくなってしまった。
 この変化は、関係者には概ね不評であった。特に中心メンバーの一人が、「水車むらはあの暗さがいいんだ。陰影や闇の存在が貴重なんだ。」という趣旨の事を言って、僕も激しく我が意を得たり、と思った記憶がある。そして、いつしか元の白熱電球に戻された。今から20年近くも昔の話である。

 そんな僕は、今でも白熱電球の明りが大好きだし、やむを得ず蛍光灯を買うときは電球色タイプにしている。しかし、電球色タイプの蛍光灯の明りは、本物の白熱電球の暖かみには遠く及ばない。
 蛍光灯が昼間の太陽の明りとしたら、白熱電球は夜、狩りを終えてねぐらに戻り、家族や仲間と焚き火を囲む時の火の明りだと思う。人の気持ちを安らげてくれる働きがある。そして、たおやかな陰影。その陰影の中でのみ存在を許される弱きものたち。それは実は、僕の中にある悲しみ、心の襞なのかもしれない。

 ところが、なんと最近、国際的に白熱電球の生産・販売を中止しようという動きがあるらしい。やりたいことは、わかる。でも、中止しないで欲しい。もしどうしても中止するのなら、その前に僕を満足させるだけの暖かみを持った光源を開発してからにして欲しい。(ついでに高速料金1000円もやめて欲しい。)

 そうでなければ、新居用に一生分の電球を買い占めておこうかと、また馬鹿なことを考え始めた今日この頃・・・

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