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田舎で暮らすということ
水車むら
 JICC出版局(現宝島社)から『田舎暮らしの本』という雑誌が創刊されたのが、今から22年前、まだバブル真っ盛りの時代であった。奇しくも、創刊号のチラシ写真は確か、僕が出入りしていた静岡藤枝の水車むらの移築した古民家(上の写真は今秋数年ぶりに訪れた時のもの)。当時、ログハウス作りの雑誌などはあったが、田舎への移住を前面に打ち出した雑誌というのはこれが初めてで、その後続々創刊される同じような雑誌の嚆矢となった。やがて、一時のブームは過ぎ去っていったが、それでも脱都会派中高年が地方へ移住するというのは、今でも一つの流れとして存在し続けている。
 さて、僕ら一家が屋久島に移住して、早いもので来春丸4年になろうとしている。
 屋久島は移住者の多い島である。
 僕も移住者のご多分に漏れず、移住当初は一点の曇りもなく、「屋久島万歳!移住して大正解!」だった。が、妻は、仲の良い両親や姉一家と陸続きでない地に暮らすことになり、「島流し」にあったかのような悲嘆を抱え、折に触れ愚痴をこぼしていた。そして、当時3歳だった娘は、生まれて初めての引越しに幼児学級入園が加わり、新生活に適応するのに精一杯だった。それでも彼女は、すぐに以前住んでいた長野の記憶が薄れていき、何か聞かれるとけなげにも「花ちゃんは、屋久島大好き!」と言うようになった。去年屋久島で生まれた息子は、まだ言葉がしゃべれないので、何を考えているのかわからん。
 屋久島移住後の我が家は、土地購入、造成、設計、材木の手配、と全てが僕の望みどおりに進み、ブログに残る記録からは順風満帆に見えるかもしれない。しかし、実は、時間が経てば解消すると僕が思い込んでいた、一家内での齟齬がどうもいまだ、すっきりしていない。
 そして、僕自身この半年ほどは、これまでの飛ばしすぎの人生に少し疲れたというか、ちょっと立ち止まって自分の人生を振り返りたくなることが多い。屋久島に移住した時点では「人生の勝者」みたいに自惚れていたけど、実は田舎暮らしなんてもはや「負け組」のすることで、僕がどんなに頑張ってもドン・キホーテに過ぎないんじゃないか。そんな悲観的考えが浮かんできて鬱になる時もある。ここらで少し自分の考えを整理してみたい。

 そもそも、僕自身は何で田舎暮らし、南の島暮らしに憧れてきたのか?
 (それについては、「水車むら通信」という同人誌上で物語的駄文を連載しているところであり、いずれブログ上でも公開しようと思う。)
 一つのエピソード。
 "Blueprint For Paradise - How To Live On A Tropic Island -"という本の翻訳を出版しようとして、16年前宝島社に原稿を持ち込んだとき、編集担当者に、
 「貴方が、南の島で暮らしたいと思うのはなぜですか?沖縄に代表される、テーゲーな文化、ゆっくりな時間の流れ方に憧れるからですか?それとも、ロビンソンクルーソー的に、自給自足で自分の王国を作りたいからですか?」
 「あ、両方です。」

 で、今思いつくままに、もうちょっと詳しく僕が田舎暮らしに求めていたものを列挙してみる。
 1.都会の満員電車で通勤する「社畜」人生ではなく、自分のペースでゆっくり生きたい。
 2.家からすぐに沢登りや素潜りに出かけられるような大自然に囲まれて暮らしたい。
 3.田舎の伝統的な村落共同体の暖かさも適度に感じたい。
 4.農を中心とした、大地に根ざした自給自足的生活をしたい。
 5.エネルギー消費を少なくして、エコロジカルな生き方を実践したい。
 6.家作りや庭造りを始め、自分の周りのものを自分の手で作り出したい。
 7.1~6を通して、「大草原の小さな家」のような一致団結した家族になっていきたい。

 19歳の時に某農業コミューンで出逢った女性を(7年間の片思いの末にやっと)パートナーとして選んだ人間である。それからすると必然的な流れかもしれないが、こう書き連ねてみると、僕はどうもそのコミューンの亜流的人生を望んでいるようである。ただし、「無所有一体」「ハレハレの人生」などといった、高邁な理念は全くない。終始一貫して、ただの「自我男」である。(これがどうも、現在僕がぶち当たっている壁の根源だという気はするのだが。)
 で、現時点での目標到達度をチェックしてみると・・・
 1.マイカー通勤で週休3日確保。本当はサラリーマンじゃなく、自営になりたいが、まずまず達成か。
 2.これは、満足。特に尾之間の土地に関しては言う事なし。
 3.うーん、ちょっと、人間関係が濃厚すぎるのが最近鼻につき始めた。確かに、すぐにいろんな人脈ができて有益な部分も非常に多いのだが、どこに行っても知り合いに会釈され、他人の噂話がグルグル回ってたりするのは本当に嫌になる。ましてや自分がネタになって後ろ指を差されているのでは、なんて気にし始めるともう島を逃げ出したくなる。
 4.全然できていない!札幌や鴨川に住んでいた頃は、市民農園を借りたり、空き地を勝手に開墾したりして、細々とではあるが毎年野菜づくりを楽しんでいた。しかし、借家に30坪ほどの畑がついていて、時間も十分余っている今になって、なぜかほとんどしなくなってしまった。なぜなのだろう?あの当時は、半分都会的生活かつ時間的にも極めて多忙だった。そんな中であえて頑張って畑仕事に汗を流すことで、自分のアイデンティティや将来の目的意識をかろうじて保とうとあがいていた。それが、いくらでも畑仕事ができるようになってみると、なんか急につまらなくなってしまったというところか。でも、いずれはしっかり農作業に復帰したい。
 5.最近都会から来た人に、「屋久島の人は全然エコロジカルじゃない!」と言われた。確かに、ゴミの捨て方はなってない。本を一冊買うのだって、通信販売で宅配便を使ってる。極め付きは車の乗り方。島内どこへ行くにもまず歩いたり自転車に乗るということをしない。徒歩5分の距離でも車に乗ってしまう。それだけ車べったりの生活をしていて、なおかつ、「離島への運送費の関係でガソリンが高い、これ以上地方をいじめるな!、ガソリン税免除を!」という発言を平気でする人がいる。こうしてみると、満員電車で通勤して、近所のスーパーで買い物をしている都会の人の方が、エコロジカルなだけでなく、はるかに謙虚で好感がもてる。
 ただ、車の運転についてはちょっと気づいたことがある。僕自身、東京で独身サラリーマンをしていた頃は、仕事のストレスもあり、週末といえば遠くの海や山に車で繰り出していた。そのため、年間走行距離は1万キロをわずかに超えていた。今、屋久島では、夫婦で2台車を所有しているが、年間走行距離は合計でやはり1万キロちょっと。つまり、日常の足としては頻用しているが、遠出をしなくなった分、一人当たりのガソリン消費量は確実に少なくなっている。
 さらに言えば、田舎暮らしをするようになってから、年に1度は海外旅行でストレス発散という習慣もなくなったので、ジェット燃料消費も少ない。あと、屋久島の一軒家は、都会のビルの中に住んでいた頃と比べて、冷房も暖房もほとんど必要としない。さらに、今度建てる新居は、パッシブソーラーシステム「そよ風」と薪ストーブを採用する予定なので、冷暖房のための化石燃料消費は最低限に抑えられるはずである。(ちなみに、最近屋久島の同世代の知り合い(女性)が、風呂は五右衛門風呂、炊事もカマドで、ガス・灯油を一切使わない家というのを新築したらしい。凄い!僕には残念ながらそこまでの根性はない。)
 とは言うものの、もう少し、車に乗るのを減らして、歩いていろいろな用事を済ませる生活をしたい。そうしようとすると周りに商店はおろか人家すらほとんどない、あの尾之間の土地での暮らしはかなり厳しいのだが・・・
 6.家造りに関しては、結局ほとんどプロに任せてしまった。これについて挫折感がないと言えば嘘になる。あれだけ、本当は自分は大工になりたかったんだ、と周囲に吹聴していた人間だけに、恥ずかしいし、悔しい。それでも、屋久島に来てから、ウッドデッキのベランダを自作したり、木を伐採したり、セメントを練ったり、と今までの人生ではしたことのない経験をいっぱいしている。これは生活力豊かな周りの人達の刺激によるところが多い。本当に屋久島の人たちはアメリカ開拓民のように逞しく、自分で何でも作り出してしまうから。
 7.結局、一番できてないのがこれである。我が家の最大の問題点。
 なかば無理やり屋久島について来させてしまった妻には、今さらになってであるが、申し訳ないと思い始めている。屋久島に移住した時点での島暮らしにかける思いの違いから始まった二人の距離は、この三年半妻が子育てに忙殺され、僕が自分の空間作り(伐採、薪作り、露天五右衛門風呂)に夢中になっている間に、さらに広がってしまった。
 そして、娘も読書が大好きなインドア派で、「屋久島大好き!」と言う割には、今ひとつ屋久島の大自然を謳歌できていない。(たぶ川での川遊びは大好きだが。)息子はまだ宇宙人なので、よくわからん。
 以前、屋久島移住の大先輩で島内でかなりの事業を営んでいる方が、子供の教育問題で奥様が本州の実家に戻りたいということになり、奥様から「家族をとって島を出るか、今の仕事と島をとって離婚か」という究極の選択を迫られていた。(彼も屋久島大好き人間で、あれから数年たった現在も、苦渋の決断はまだできていないようだ。)あの当時、僕は冗談半分で妻に、「もし俺なら、間違いなく島をとるから、離婚だ!」と宣言していたのだが・・・。何だかこういう話にリアリティのでてきた今冷静に考えると、家族のいない屋久島に、一人残って暮らすというのは、ちょっと想像したくない状況である。かと言って、屋久島以外で他に移り住みたい土地というのもあまり思いつかない。(ニセコかフィジーくらいかな。)

 本当に屋久島に全財産を注ぎ込んだ豪邸を建ててしまっていいのか?
 60坪のだだっ広い家に、やがて暮らすのは僕一人ということにならないのか?

                      シンシンとした不安が最近胸をよぎる・・・

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