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家族旅行 in 知覧・霧島
2007.3.23.日本百名山全座最高点完登
 新型インフルエンザが恐くて、妻子が毎年恒例だった正月の里帰りを自粛した。
 その埋め合わせで、一家で8日から11日まで3泊4日で鹿児島に温泉旅行をしてきた。
 8日、午後、トッピーで鹿児島へ。
 家族をジュンク堂書店に残して、僕は中央駅前のレンタカー屋へ走る。12月中旬から、沢登りをしない冬場の心肺機能・脚力維持のため、そして落ち込みがちの気分を少しでも高揚させるため、2.5キロのランニングもトレーニングメニューに加えた。今日は3日に1度のランニングの日。市電通りの雑踏をかき分け、黙々と走る。
 この日の宿は、山川の民宿MOMO。3年前の春、足掛け19年かけて日本百名山を完登した際、その前後にお世話になった宿である。この時は、最後の山を家族全員で登れるようにとわざわざ残しておいた簡単な開聞岳に、妻と4歳の娘と共に登った。事前に何回かトレーニング山行を重ねた甲斐があって、娘も自分で最後まで歩き通し、記念すべき百名山一座目となった。民宿のおばちゃんはその時のことを良く覚えていてくれて、今回も揚げたて芋かりんとうで迎えてくれた。美味しい!3年前の記憶が一気に蘇る味覚。思えば3年前は3人家族だったが、今回は1人増えて4人になっている。
 夜、正月から読みかけだった『火宅の人』下巻を読了。上巻では檀一雄の野放図な明るさが目立っていたが、下巻で愛人たちが離れて行った後に残された男の後半生はまさに「寂寞」の一語に尽きる。放蕩を尽くしたツケが回ってきただけで自業自得だ、という読み方もできるだろうが、僕にはむしろ、この虚しさはどんな人生にもつきまとう「無常」ではないかという気がした。寒風に揺れる枯れススキの野原という情景描写は、木枯し吹きすさぶ小瀬田に住む今の自分の心象風景にピッタリ重なり、心がますます寒くなった。

 9日。
 開聞岳を車窓に見ながらのドライブで、知覧を初訪問。
ホタル館
 まず、ホタル館へ。「特攻の母」鳥浜とめさんが、二人の娘と共に出発直前の特攻隊員たちを暖かくもてなした富屋食堂(当時の軍の指定食堂)、その建物を復元し資料館としたものである。ここは、泣ける。とにかく、泣ける。苛酷な運命にもてあそばれ壮絶な最期を遂げる若者というのは、見過ごされがちだが実は今の時代でも決して珍しくないと思う。たまたま卒業時に就職氷河期に当たったために非正規雇用者にしかなれず、そしてクビになってホームレスに転落、病死や自殺にいたる若者たち。彼らも決して「自己責任」でなったのではない。たまたま生まれてくる時代が悪かっただけ、という点では特攻隊員と同じだ。しかし、彼らのことをニュースで聞き知り、同情はしても、涙があふれ出るということはまずない。それに比して、ホタル館に展示されている特攻隊員のいろんなエピソードは、涙腺を刺激するツボにはまりまくりである。自分がいかに恵まれているか、これで不平を言っていたらばちが当たるぞ、自分が今生かされている意味を考えて何か行動しなきゃ、と思ったのだが、ホタル館を一歩出ると、そんな殊勝な気持ちもすぐに薄れてしまう自分がこれまた情けない。
知覧1知覧2
 ついで、武家屋敷街へ。屋久島移住前は、日本中の小京都と言われる所を、青春18切符であちこち回っていたものだが、知覧も「薩摩の小京都」と言われているので楽しみにしていた。建物の中を見学できるところがないのは残念だったが、日本の美意識の真髄とも言える枯山水の庭園はなかなか素晴らしかった。しかし、正直に言うと、我が尾之間の土地の方が上だと思った。何せ、あちらが必死になって再現しようとしている深山幽谷の趣きが、こちらは何もせずにそのまま、360度の視界で展開しているのだから。ちょっと自惚れ過ぎ?
 最後に行った特攻平和会館は、展示物と観客の多さに圧倒されて、ホタル館ほどの感動は味わえなかった。
 さて、この日の宿は、霧島に移動して、栗野岳温泉南洲館自炊棟。ここは、3種類の異なる温泉と鶏の地獄蒸し料理が味わえ、しかも破格の低料金のため、大のお気に入り。3回目の宿泊。ただし、冬場は暖房の無い部屋で寒いため、寝袋持参がお勧め。3つの温泉の中では、硫化水素臭の強い桜湯が「正調温泉」と言った風情で、身を清められる感じがして一番好き。
 この日は、『結婚しても恋人でいたいなら』を読了。爽やかな表紙と題名につられて買ってみたが、読んでみるとかなりエグい話が満載。倦怠期を迎えた中高年夫婦が、様々なセックスの工夫を凝らして心の絆も取り戻していくルポなのだが、60代夫婦が毎週スワッピングパーティに行くとか、ここに書くのがはばかられるようなきわどいケースのオンパレード。うーん、そこまでやらないと愛ある夫婦関係って維持していけないのか・・・(ため息)。

 10日。
八幡大地獄
 朝、出発前に宿の裏手にある八幡大地獄という噴気孔を見学に行く。もうもうと硫化水素が立ち込めるまさに地獄絵図。観光地の「地獄谷」と異なり、周辺には人っ子一人おらず、同行の家族も数メートル離れると噴煙で見えなくなるほどで、かなり恐い場所だった。栗野岳温泉、実にいろいろと楽しませてくれる場所である。
 午後、アトピー温泉として名高い小鹿野温泉に、長男のために温泉水を汲みに行く。18Lのポリタンクにお湯をフルに入れると灯油以上に重く、指がちぎれそうなほどに痛い。先月これを二つも運んでくれたYさん、本当にどうもありがとう、元気にしてるかなと心の中で呟く。
霧島神宮おんぶ
 その後、霧島神宮へ。7歳の娘が自分のほぼ半分の重さがある1歳の息子をおんぶしたまま頑張って境内の長い階段を昇り降りした。すれ違う参拝客に褒められ続けていると、「花ちゃんは褒められるの、嫌なんだよなあ」と照れくさそうに、でもその実うれしそうに漏らす。ちょっと複雑になってきた子供心、それもかわいいものだ。
 宿は、ここも2回目の霧島湯之谷山荘。(←のリンク先のJakeさんは、日本の温泉1700箇所を巡った方で、温泉に関して僕(温泉歴は200箇所弱?)の好みとばっちり一致するので、良く参考にさせてもらっている。)ここは料理が山里の味覚で、かなり美味しい。内湯の泉質は硫黄泉の他に炭酸泉もあり、さらに浴槽、床、壁、天井、全て木造りなため、背中や尻に当たる肌触りがなんとも言えず柔らかい。深夜、誰もいない浴室で、電球色の薄暗い明かりの中、一人湯船につかり、ぼんやり物思いに耽った。

 11日。今日は屋久島に帰る日。
 途中ニシムタに寄り、娘がずっと前から欲しがっていた銭亀を買う。
 帰りのトッピーで、前日から読み始めた『愛は脳内物質が決める』を読了。先日のクリスマスパーティでFさんに薦められた本だ。恋愛に関するホルモンとして、男はテストステロンの独壇場という感じだが、女はエストロゲン、テストステロン、プロゲステロン、オキシトシンを始め、実に多くの物質が関与しており、その分複雑(生理周期、年齢によって様々なパターンを示す)ということが詳しく説明されている。男である自分の思考・行動パターンを振り返ってみると、恋愛中に限らずほぼ常に、テストステロンの分泌リズムに翻弄されまくっているなあと、思い当たることが多い。例えば、テストステロンの影響で積極性、攻撃性がもたらされるとともに、周期的に一人孤独になりたがる、など。しかし、この本の最も重要な結論は、人間も動物同様自分のホルモンの影響下に置かれているのだが、動物と違って必ずしも横暴なホルモンの言うなりになる必要はないということ。もっと言うと、一時の破滅的感情に流されるのではなく、意思の力でホルモンの働きを味方につけるような方法を選び取ることで、成り行きまかせでなく、自分自身で人生のシナリオを調和的に書き直していくことが可能なのである。
 深い!壇一雄もこの本を読むべきだったか?

Comment

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ご無沙汰しています。

安房川の大株ゴルジュ,拝見させてもらいました。
突破はかなり気合を入れないと厳しいようですね。
貴重な写真,ありがとうございました!

霧島の湯之谷温泉,私はあそこの隠れファンです。
霧島の泉質の豊富さは阿蘇以上で,温泉マニアとしては
強く惹きつけられます。先日は吉松温泉でモール泉を楽しんできました。

今年のGWは黒味川&荒川基点の一周トレラン&島の一周ランを予定していますので,今から楽しみです。

偶然にお会いできたらいいですね。
インヤン | URL | 2010/01/16/Sat 01:07 [EDIT]
こんにちは!
 お久しぶりです。コメントありがとうございます。

 年末あの太田五雄さん宅で沢仲間数名で飲んでいたら、大株ゴルジュの話題になり、太田さんから「あそこは、まだ誰も越えてないだろう。ゴムボートを漕いで行ってショルダーで越えたら行けるかもしれないぞ」、と言われました。思わず、そこまでして初登にこだわらんなくてもいいんですけどねえ、と皆で苦笑しました。

 霧島、良い温泉の宝庫ですよね。僕はあと、湯川内温泉かじか荘が大好きです。もし、未踏であれば、是非行ってみてください。

 GWは、仲間が休み取れれば宮之浦川を狙ってます。走るの嫌いなので、トレランはちょっと・・・(笑)。
 せっかくわざわざ屋久島までいらっしゃるのでしたら、偶然でなく、島内の沢屋も集めてオフミしませんか?それでは。
屋久島遡行人 | URL | 2010/01/16/Sat 11:46 [EDIT]
ご配慮ありがとうございます。
日程が決まれば連絡させてもらいます。

下界ではペンション・ハローさんに毎年お世話になっています。
今回走る場合も,そこを起点に走ろうと考えています。

ところでOさんは先鋭クライミングから引退されるのですね・・・。
実は2003年に宮之浦を2人で遡行した後,立ち寄らせてもらったことがあるんです。そこでお聞きした屋久島の沢という沢の話はどれも強烈で,あの時に火がついたような気がします。今にして思えば。
宮之浦遡行の印象とO氏宅での歓談は,今でも色褪せることはありません。

GW,ご検討よろしくお願い致します。
インヤン | URL | 2010/01/24/Sun 13:21 [EDIT]

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